日記・コラム・つぶやき

LAX

O2048136514265290054何を思ったか春から大学でラクロスなるスポーツを、しかもサークルではなく部活ではじめた娘。

香川三豊の運動公園で日程延期となっていた中四国サマーリーグ新人戦が行われるというので妻と初めてラクロス観戦に。

何やら虫採り網のようなものでゴムボールをキャッチボールしている集団の中に娘を発見(笑)

サッカーのようなハンドボールのような野球のような・・・? なんとも不思議なスポーツながら当たりはそれなりに激しく格闘技のような側面も。

とにかく虫採り網でボールとったら相手ゴールまでダッシュ。

結果中四国リーグ優勝(笑)

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3か月

西日本豪雨から3か月、地元で愛されてきたお店の店舗再開がではじめた。

Img_2487_2うどんかわはら

ぶっかけうどんが絶品です。開店日にはお客さんが外まで大行列、レジで会計するお客さんは皆 この日を待ってたで! おおきに!! こんな声が。

Img_2489うどんさるや

3世代に渡り申年の家系が営む地元のうどんやさん。自宅まで被災したが自宅前でテント営業を再開、男の子のお店前での旗振り姿に思わず感動。

Img_2490ぱんぽると

お付き合いのある玉島のパン屋さんでご主人が夜通し作ったパンを真備のプレハブで奥様が販売。

復旧作業にあたる日のお昼はこの3店舗ローテーションで(がんばれ真備)

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2か月半

西日本豪雨から2か月半が経過した。よくここまできたなという思いもあれば2か月半でたったこれだけかとの思いもある。

Img_2408火事場泥棒がでるから貴重品だけでもとりに行きたいというフルおっさんについて真備に入ったのは7月8日だっただろうか。いつもなら15分もあれば行ける真備、穂井田線が通行止めのため倉敷から新本を迂回し南下、中本屋工務店前からみた、変わり果てた真備の景色は今でも忘れられない。瓦礫がプカプカ浮いた泥水はとてもウェットスーツを着ても泳げる状況ではなかった。

水が引き復旧作業を始めたのはそれから1週間ほど経った頃だっただろうか。40℃を超える日もある炎天下の中、ひたすら家の中のものを搬出、泥を掻き出す。みっちり水を吸った数十枚に及ぶ畳と布団の重さ、やってもやっても終わらない土色の景色の中での作業、やがて両手はパンパンに腫れて泥にかぶれたのか両手のひらには湿疹まで。

Img_2397そんな中、フルおっさんの書いた「 家族 絶対 守る 」との記事は強く自分の心を打つものだった。記事には一家の主としての責任や真備という土地で生きていく上で先祖から語り継がれた大事なものが記されていた。家が浸水したわけでもなんでもなく平々凡々と当たり前の生活を営んでいる自分、当たり前の生活がいかに幸せかとの気持ちを芽生えさせてくれる記事だった。

やがて記事は今自分ができることを全力でやらなければとの思いにかえた。

真備にはグ~太郎、タラ子夫妻が住んでいることを思い出したが住所もわからず手も足も出ない・・・。すぐさまきんたくんへと電話、やはりグ~太郎邸も1Fが浸水していることを知った。同時に復旧作業へ行きたくてもそれを許さない環境にきんたくんがいることを初めて知り、自分が‘やらなければ’との思いはゆるぎないものに。

ナビを頼りに自宅にころがっていた猫車を載せグ~太郎邸へと車を走らせた。そこには豪雨前皆生でお会いした時と同じ、元気な夫妻の顔、思わず涙がこぼれる。グ~太郎邸から軽トラで瓦礫の搬出開始、災害ごみの受け入れ場へと通る下原地区は工場爆発により家という家の窓ガラスが割れスレート屋根は吹き飛んでおり、軽トラもパンクに見舞われた。

フェイスブックに今日の両邸の状況、明日やりたい作業、欲しいもの、を書き込めば、必ず仲間はそれにこたえてくれた。人の気配の消えた家から高圧洗浄機を盗む輩がいると聞く中、仕事を休み、家主のいないフルおっさん邸を勝手に高圧洗浄して帰る輩まで出没(笑) やがて支援の輪は愛知県在住のウルトラランナー、釜石在住のトライアスリートにまで広がっていった。

正直復旧作業をしていても、もう一度住めるという確信が持てなかったフルおっさん邸に‘もう一度住めるかも?’との気持ちを芽生えさせたのは仲間との断熱材の搬出を終えた頃からだった。やがて外壁も高圧洗浄により浸水前の姿となった。丸裸になった家の骨組みはこれからも家族を守ると胸を張っているようにさえ見えた。

9月に入ると営業を再開する飲食店が出始める一方、廃墟と化した家々の解体が始まった。人気のない家並み、草の生い茂った田んぼが広がる視界の中でまた一軒、また一軒と家が姿を消していった。家屋のグシャッとつぶされる音を遠くに聞きながら炎天下行う復旧作業は自分がどうあるべきか、大切なものとそうでないものをかぎわける臭覚を鋭くしていったような気がする。

落ち着いたら真備で打ち上げをしましょう。

グ~太郎・タラ子夫妻と約束していたバーベキューをフルおっさん邸で開催した。

これからもここで生きていくという宣言のため場所は真備と決めていた。バーベキューには一緒に汗を流した仲間、遠くゴールドコーストから勇気を届けてくれたアスリートも駆けつけてくれ、不謹慎と言われようと大騒ぎ。

Img_2482これがノーリミッツ流。

小田川の泥水は家にあったものを根こそぎ流していったが仲間達の熱い思いが流されることは決してない。

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7/8 激甚 真備

Img_2392この世のものかと思わんばかりの景色が眼前に。

夜中に徐々に上昇してくる水位の恐怖はいかほどだったのか。

練習会にはほとんど手をあげないチームノーリミッツ隊員も(笑)、こういうとImg_2395きにはBBQの案内並みに手をあげてくれ(笑)なんとも頼もしい。

各自が調整可能な範囲でできる限りの支援を、一時ではなく長く続けていくことが大切です。

ご協力よろしくお願いします。 

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5年半

Img_2383転職から5年半が経過。

埼玉出張の帰りに藤沢に立ち寄り前職同僚と落ち合い一献。

今更ながらまぁあのときよく決断したものだなと・・・。

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三回忌

仏の世界では死後丸二年を経過し三年目に差し掛かるタイミングを三回忌というらしい。

三回忌法要やるぞと兄貴から連絡があり親父が亡くなってもう三年も経つのかと一瞬驚いたが二年が経過したということだった。

GW後半の初日、県北の親父のお墓に皆が集合し、お寺で坊主のありがたいお話を聞いた。

三回忌というタイミングは死後二年経過し、もうそろそろ悲しみを忘れ、それぞれが新たな一歩を踏み出そう、そういうタイミングなのだとか。

先日採れた筍を自分の実家に届けてほしいと親に頼まれ実家を訪れた際、何気にアルバムをペラペラめくっていて見つけた1枚の写真。

Img_2360自分の中の親父はまさしくこれだ。思わず目に留まった。

教習所の指導員をしていた親父はいつも6:30にはこのグレーのジャケット(作業着)に紺色のネクタイをしめ冬はストーブの火でタバコをふかし出勤準備していた。

隣に写る自分は恐らく中学生か、バックに写る瀬戸大橋はまだ建設中だ。

もちろん今の自分と息子という関係がオーバーラップする。

働き盛りの親父と息子、このとき親父はどんなことを考えていたのか、今の自分が息子に抱く感情とイコールなのか。

親父が自分にしてくれたことを息子に出来ているか、息子はやがて自分の息子へとその思いを伝えていくか・・・

親父の死はこうしてときどきではあるが近い親戚を集め互いの近況報告やら、改めて生前の親父について語り合う場を提供しており消して悲しいことだけではなかった。

人は困ったとき、苦しいときに墓に手を合わせ見えない力を信じてみたり・・・

先祖から受け継いだものを後世へと伝えていく つながっているのである。

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熊本 番外編②

Img_2150結婚披露宴での七不思議はなんといってもカッパの母が立派な方で兄が髪の毛さらさらイケメンだったこと(驚)

ちなみに写真はカッパに失笑する母上とイケメン兄。なぜ母上のDNAと髪の毛DNAが兄にばかり継承されてしまったのか・・・

なんとも悔やまれます(笑)

披露宴二次会にも招待されてたもののそちらはガーデンボーイズに任せ(意味不明)、自分たちは一度ホテルへ戻り周辺飲み屋で勝手に二次会へ。ホテルへ戻ると同じホテルへ宿泊予定の岡山ルネサンス組とばったり・・・

カッパの用意した宿泊ホテルがただのビジネスホテルだったことに皆が怒りを隠しきれません(笑)

Img_2163ホテルの質の低さを打ち消すように馬刺しの美味しいこと・・・

熊本城とこの店だけでよかったのではないか・・・?

そんなこと口に出してはいけません(笑)

2次会で満たされ小雨降る中皆はホテルへ帰還、即爆睡。そんな中相部屋だった松山英樹プロだけがカッパと合流し翌AM3:30に部屋に帰還・・・嫌な予感がします(笑)

来ましたブルドーザーのようなイビキが! ホテルがまっぷたつにならないか心配で睡眠どころではありません(笑)

結局眠れぬまま朝を迎えフロント集合時間7時に。

天気は雨。晴れていれば阿蘇など綺麗かもなどと話しながら帰りしな震災の影響がもっとも大きかった益城を訪れてみようということに。丘陵地にある益城町はあちこちにブルーシートがかかったままで、住宅が存在していたと思われる土地があちこちで更地になっており、改めてイビキの凄まじさ、いや震災の凄まじさを目の当たりにすることに。

Img_2164この日熊本空港から大阪へ戻る福ちゃんは17時のフライトまで何もすることがなく、かといって岡山組も福ちゃんの相手がええ加減面倒くさくなり、空港近くの宿泊施設に放り投げて帰路へ(笑)

○熊本土産 晩白柚(ばんぺいゆ)、からしレンコン、陣太鼓

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熊本 番外編①

カッパはさておき(笑)、今回岡山から乗り込んだ(福ちゃんは飛行機で現地入り→ホテルで合流)メンツの目的は熊本城の惨状について。

Img_2122まずは加藤清正公の銅像前で皆が一度はやってみたかった、どこぞで見たことのあるポーズで記念撮影(笑)

2016年4月に熊本を襲った大地震によって城壁の崩れ落ちた国宝熊本城の復旧はいかほど進んでいるのか?

Img_2132結果、全く進んでいなかった。というか見学もままならない状況で外周を見学するのみ。

その凄まじさにただただ皆が言葉を失った。

その惨状とは裏腹に見物客は震災前よりもむしろ増えているかもと思わせるほどの外国人でにぎわっていた。

Img_2128←謹慎中のインパルス堤下さんも来てました(笑)

1時間ほどの熊本城見物は思いのほか震災について考えさせられる場となり、結婚式に出なくてもいいのではないか?帰りたい、なんで来てしまったのか といった意見が大勢を占めていた。

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熊本のカッパ

熊本のカッパ(←葉子関命名)が結婚するというのでフルファード乗り合わせで一路熊本へ。

520km-4.5Hのドライブで昼過ぎには熊本入り。 2年前の熊本地震で崩壊した熊本城を見学した後 結婚披露宴会場へ。

熊本市郊外のチャペルを備えた結婚式場は既に多くの招待客が集まっていた。

やがて2Fのチャペルで結婚式開式の案内、参加者の移動を促すアナウンス、ワクワクしながら皆で移動する(笑)

式場正面には厳かな十字架、そして合唱隊と神父様入場。

ふたたび後方ドアが開きいよいよ新郎の入場、・・・ドアオープン!

頭ピカピカのカッパが仁王立ち・・・片手で光を遮りながら凝視すると・・・ハゲたキリストか?(笑)

厳かなチャペルに失笑が漏れる(笑) 失笑が漏れる結婚式に初めて立ち会いました(笑)

お父様に導かれ入場した新婦は新郎と手をつなぎ神父様からのあたたかいお言葉。

ん?なぜかカッパの背筋がいつも以上にピンと伸びている。 

サスペンダーで吊ったズボンがずり落ちる寸前だからです(笑)

Img_2135ん?来たぞ誓いのキッス!

←‘僕は誓~うっ’2018(笑) 必要以上に長いキッスが場内の反感を買いまたしても失笑祭り(笑)

式後の披露宴はざっと数えても100名以上の方達。カッパの昔の野球仲間の中には20年ぶりという方も。岡山からのメンバーが誰一人友人でなければその野球仲間もほぼ友人ではないレベルの数合わせかと(笑)Img_2142

でもそんな中、練習しない松山英樹プロが来てました。

なんで新婦と?(笑)

Img_2145とにかく僕たちはあなたたちのことを心配しています(笑)

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イヌ、ネコ、インコ

Img_2084イヌ、ネコ、インコパクッ(笑)

来年もよろしくお願いします。

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