日記・コラム・つぶやき

6/10-14 RST

Img_0150 なかなか無くならない職場労災、業を煮やした会社は各工場安全管理者へRSTトレーナーの資格取得要請。

RST(Roudosho Safety and Health Education Trainer )

大阪河内長野の教育センターに5日間缶詰、朝は6:50のラジオ体操から始まり

日中は講師の講義にグループ討議に演習、夜はセンター内で食事をとりながら21:00まで情報交換・・・

〆は現場職長に安全衛生教育を行うトレーナーとしての指導案作成ならびにデモンストレーション演技・・・

精神が壊れそうです(笑)

毎朝5:00起き10kmランで壊れそうな精神をなんとか健全に。

○13日 RUN:10km

○12日 RUN:10km

○11日 RUN:10km

 

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やっぱ7000円

Img_0082-1 昨日のデュアスロンの疲れもあり連休3日目はノートレ。

テレビでは天皇陛下御在位30年の歩みが流れ、夕方から厳かな気持ちでノーリミッツ総会のため八剣伝へ(笑)

この日は 

・腹の出具合

・競技パフォーマンス

・酒の量

どれをとってもノーリミレンジに入ってきたといえる「ある選手」についての入会審議。Img_0085

やはり腹が出過ぎではないかとの意見が大勢を占め入会を見送る決定がなされた(笑)

審議には6月に子供が生まれる熊本のバカも参加。

ちなみに会費は やっぱ7000円!(笑)

 

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正解

この先に出会うどんな友とも 分かち合えない秘密を共にした
それなのにたったひと言の 「ごめんね」だけ やけに遠くて言えなかったり

明日も会うのになぜか僕らは 眠い眼こすり 夜通しバカ話
明くる日 案の定 机並べて居眠りして 怒られてるのに笑えてきて

理屈に合わないことを どれだけやれるかが青春だとでも
どこかで僕ら思っていたのかな

あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか
僕たちが知りたかったのは いつも正解などまだ銀河にもない

一番大切な君と 仲直りの仕方
大好きなあの子の 心の振り向かせ方
なに一つ見えない 僕らの未来だから
答えがすでにある 問いなんかに用などはない

これまで出逢ったどんな友とも 違う君に見つけてもらった
自分をはじめて好きになれたの 分かるはずない 君に分かるはずもないでしょう

並んで歩けど どこかで追い続けていた 君の背中
明日からは もうそこにはない

あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか
僕たちが知りたかったのは いつも正解など大人も知らない

喜びが溢れて止まらない 夜の眠り方
悔しさで滲んだ 心の傷の治し方
傷ついた友の 励まし方

あなたとはじめて怒鳴り合った日 あとで聞いたよ 君は笑っていたと
想いの伝え方がわからない 僕の心 君は無理矢理こじ開けたの

あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ だけど明日からは
僕だけの正解をいざ 探しにゆくんだ また逢う日まで

次の空欄に当てはまる言葉を
書き入れなさい ここでの最後の問い

「君のいない 明日からの日々を
僕は/私は きっと 」

制限時間は あなたのこれからの人生
解答用紙は あなたのこれからの人生
答え合わせの 時に私はもういない
だから 採点基準は あなたのこれからの人生

「よーい、はじめ」

Radwimps 野田洋次郎

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成人

Img_0395娘が帰省してきたと思ったら金髪に(汗)

まあ学生時代にしかできないことなんで文句は言わないが・・・。

題して荒れる成人式?

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LAX

O2048136514265290054何を思ったか春から大学でラクロスなるスポーツを、しかもサークルではなく部活ではじめた娘。

香川三豊の運動公園で日程延期となっていた中四国サマーリーグ新人戦が行われるというので妻と初めてラクロス観戦に。

何やら虫採り網のようなものでゴムボールをキャッチボールしている集団の中に娘を発見(笑)

サッカーのようなハンドボールのような野球のような・・・? なんとも不思議なスポーツながら当たりはそれなりに激しく格闘技のような側面も。

とにかく虫採り網でボールとったら相手ゴールまでダッシュ。

結果中四国リーグ優勝(笑)

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3か月

西日本豪雨から3か月、地元で愛されてきたお店の店舗再開がではじめた。

Img_2487_2うどんかわはら

ぶっかけうどんが絶品です。開店日にはお客さんが外まで大行列、レジで会計するお客さんは皆 この日を待ってたで! おおきに!! こんな声が。

Img_2489うどんさるや

3世代に渡り申年の家系が営む地元のうどんやさん。自宅まで被災したが自宅前でテント営業を再開、男の子のお店前での旗振り姿に思わず感動。

Img_2490ぱんぽると

お付き合いのある玉島のパン屋さんでご主人が夜通し作ったパンを真備のプレハブで奥様が販売。

復旧作業にあたる日のお昼はこの3店舗ローテーションで(がんばれ真備)

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2か月半

西日本豪雨から2か月半が経過した。よくここまできたなという思いもあれば2か月半でたったこれだけかとの思いもある。

Img_2408火事場泥棒がでるから貴重品だけでもとりに行きたいというフルおっさんについて真備に入ったのは7月8日だっただろうか。いつもなら15分もあれば行ける真備、穂井田線が通行止めのため倉敷から新本を迂回し南下、中本屋工務店前からみた、変わり果てた真備の景色は今でも忘れられない。瓦礫がプカプカ浮いた泥水はとてもウェットスーツを着ても泳げる状況ではなかった。

水が引き復旧作業を始めたのはそれから1週間ほど経った頃だっただろうか。40℃を超える日もある炎天下の中、ひたすら家の中のものを搬出、泥を掻き出す。みっちり水を吸った数十枚に及ぶ畳と布団の重さ、やってもやっても終わらない土色の景色の中での作業、やがて両手はパンパンに腫れて泥にかぶれたのか両手のひらには湿疹まで。

Img_2397そんな中、フルおっさんの書いた「 家族 絶対 守る 」との記事は強く自分の心を打つものだった。記事には一家の主としての責任や真備という土地で生きていく上で先祖から語り継がれた大事なものが記されていた。家が浸水したわけでもなんでもなく平々凡々と当たり前の生活を営んでいる自分、当たり前の生活がいかに幸せかとの気持ちを芽生えさせてくれる記事だった。

やがて記事は今自分ができることを全力でやらなければとの思いにかえた。

真備にはグ~太郎、タラ子夫妻が住んでいることを思い出したが住所もわからず手も足も出ない・・・。すぐさまきんたくんへと電話、やはりグ~太郎邸も1Fが浸水していることを知った。同時に復旧作業へ行きたくてもそれを許さない環境にきんたくんがいることを初めて知り、自分が‘やらなければ’との思いはゆるぎないものに。

ナビを頼りに自宅にころがっていた猫車を載せグ~太郎邸へと車を走らせた。そこには豪雨前皆生でお会いした時と同じ、元気な夫妻の顔、思わず涙がこぼれる。グ~太郎邸から軽トラで瓦礫の搬出開始、災害ごみの受け入れ場へと通る下原地区は工場爆発により家という家の窓ガラスが割れスレート屋根は吹き飛んでおり、軽トラもパンクに見舞われた。

フェイスブックに今日の両邸の状況、明日やりたい作業、欲しいもの、を書き込めば、必ず仲間はそれにこたえてくれた。人の気配の消えた家から高圧洗浄機を盗む輩がいると聞く中、仕事を休み、家主のいないフルおっさん邸を勝手に高圧洗浄して帰る輩まで出没(笑) やがて支援の輪は愛知県在住のウルトラランナー、釜石在住のトライアスリートにまで広がっていった。

正直復旧作業をしていても、もう一度住めるという確信が持てなかったフルおっさん邸に‘もう一度住めるかも?’との気持ちを芽生えさせたのは仲間との断熱材の搬出を終えた頃からだった。やがて外壁も高圧洗浄により浸水前の姿となった。丸裸になった家の骨組みはこれからも家族を守ると胸を張っているようにさえ見えた。

9月に入ると営業を再開する飲食店が出始める一方、廃墟と化した家々の解体が始まった。人気のない家並み、草の生い茂った田んぼが広がる視界の中でまた一軒、また一軒と家が姿を消していった。家屋のグシャッとつぶされる音を遠くに聞きながら炎天下行う復旧作業は自分がどうあるべきか、大切なものとそうでないものをかぎわける臭覚を鋭くしていったような気がする。

落ち着いたら真備で打ち上げをしましょう。

グ~太郎・タラ子夫妻と約束していたバーベキューをフルおっさん邸で開催した。

これからもここで生きていくという宣言のため場所は真備と決めていた。バーベキューには一緒に汗を流した仲間、遠くゴールドコーストから勇気を届けてくれたアスリートも駆けつけてくれ、不謹慎と言われようと大騒ぎ。

Img_2482これがノーリミッツ流。

小田川の泥水は家にあったものを根こそぎ流していったが仲間達の熱い思いが流されることは決してない。

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7/8 激甚 真備

Img_2392この世のものかと思わんばかりの景色が眼前に。

夜中に徐々に上昇してくる水位の恐怖はいかほどだったのか。

練習会にはほとんど手をあげないチームノーリミッツ隊員も(笑)、こういうとImg_2395きにはBBQの案内並みに手をあげてくれ(笑)なんとも頼もしい。

各自が調整可能な範囲でできる限りの支援を、一時ではなく長く続けていくことが大切です。

ご協力よろしくお願いします。 

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5年半

Img_2383転職から5年半が経過。

埼玉出張の帰りに藤沢に立ち寄り前職同僚と落ち合い一献。

今更ながらまぁあのときよく決断したものだなと・・・。

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三回忌

仏の世界では死後丸二年を経過し三年目に差し掛かるタイミングを三回忌というらしい。

三回忌法要やるぞと兄貴から連絡があり親父が亡くなってもう三年も経つのかと一瞬驚いたが二年が経過したということだった。

GW後半の初日、県北の親父のお墓に皆が集合し、お寺で坊主のありがたいお話を聞いた。

三回忌というタイミングは死後二年経過し、もうそろそろ悲しみを忘れ、それぞれが新たな一歩を踏み出そう、そういうタイミングなのだとか。

先日採れた筍を自分の実家に届けてほしいと親に頼まれ実家を訪れた際、何気にアルバムをペラペラめくっていて見つけた1枚の写真。

Img_2360自分の中の親父はまさしくこれだ。思わず目に留まった。

教習所の指導員をしていた親父はいつも6:30にはこのグレーのジャケット(作業着)に紺色のネクタイをしめ冬はストーブの火でタバコをふかし出勤準備していた。

隣に写る自分は恐らく中学生か、バックに写る瀬戸大橋はまだ建設中だ。

もちろん今の自分と息子という関係がオーバーラップする。

働き盛りの親父と息子、このとき親父はどんなことを考えていたのか、今の自分が息子に抱く感情とイコールなのか。

親父が自分にしてくれたことを息子に出来ているか、息子はやがて自分の息子へとその思いを伝えていくか・・・

親父の死はこうしてときどきではあるが近い親戚を集め互いの近況報告やら、改めて生前の親父について語り合う場を提供しており消して悲しいことだけではなかった。

人は困ったとき、苦しいときに墓に手を合わせ見えない力を信じてみたり・・・

先祖から受け継いだものを後世へと伝えていく つながっているのである。

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