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2016年3月

3/31 タイ2日目

早朝6:30にはホテルの日本食ビュッフェで朝食を済ませ7:00トンロー駅よりBTS、MRT(地下鉄)を乗り継いでファランポーン駅(アユタヤ行国鉄始発駅)まで移動。

アユタヤまでのチケットはクーラーなしの自由席なら家族で数十バーツ。この暑さではクーラーなしというわけにもいかず指定席をとると一気に1000バーツ、といっても日本のJRとは比べ物にならない安さで所要時間1.5時間でアユタヤに到着。

船で中洲へ渡り10時頃からいよいよトゥクトゥクで観光開始。ドライバーとの価格交渉では3-4か所を巡り3-4時間コースで800バーツとのこと。特に問題なくこれを了承。

Dsc01593_800x533トゥクトゥクはいきなりエレファントライドへ。結構な金をとられるもののタイへ来たなら象へ乗らねばということでためらうことなく乗象・・・。30分メスの象に揺られ炎天下遺跡巡りと記念撮影。 特に可もなく不可もなく といった感じ(笑)

その後の遺跡見物ルートは以下の通り。

Dsc01632_1024x683ワット・ヤイ・チャイ・モンコン→ウィハーン・プラモンコン・ボピット(ワット・プラシーサンペット)→ワット・マハタート→ワット・チャイワッタ・ナラーム

なんといってもアユタヤ一番の見どころはマハタートの菩提樹の根に包まれた仏頭だろう。ビルマ軍に切り落とされた仏頭は悲しそうな表情を浮かべておりDsc01612_1024x683、頬を涙が伝っているようにも見える。

昼過ぎにはアユタヤを後にしバンコクへ。

帰りサイアムでマンゴータンゴへ立ち寄り、女性チームは店名メニュー、マンゴータンゴを頬張り超満足。

Dsc01654_1024x683この旅、なんと満足度が高いのだろう・・・。

お腹も満たされたところで一度ホテルへ戻り仮眠。

のち疲れた体を癒しにホテルの道向かいにあるタイマッサージ店へ。

全身1時間コースの気持ちよさにこれまた家族、大満足。

Dsc01669_1024x683タイラストの夜はエカマイMK金(エムケーゴールド)にてタイスキ-で締め。

なんと楽しかったことかラスト家族旅行、おかげで親父の財布は見事空っぽに。

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3/30 タイ1日目

タイでの滞在はBTSでの移動を考慮しトンロー駅近くのいつも出張で使う常宿に。たっぷり睡眠をとりホテルで朝食。東南アジア料理特有の香辛料、ハーブにやられ気味の子供らをもてなすのは久しぶりの日本食ビュッフェとあって家族皆朝からモリモリ!

10時に社有車をホテルまでピックアップに来させ家族で会社のタイ工場へ。子供達を自職場の空気に触れさせるのが目的。日本人駐在員をはじめタイのワーカーは皆家族を最上級のもてなしで迎えてくれた。いつも叱ってばかりなのでこの時ばかりはやや恐縮・・・(笑)

会社概要説明後に家族に帽子を被らせ製造現場へ。 現場ではもはや親友とも呼ぶべき我がオカマが丁重に家族をお出迎え♪

Dsc01495_800x533一通り工場見学を終え会議室で昼食までよばれた。子供向けに香辛料をおさえてもらったパッタイ(タイ風焼きそば)を完食、皆に謝意を伝え再びバンコク市内まで戻った。

一度ホテルでシャワーを浴び、BTSでプロンポンへ移動しNaRaYa、バンチャック-ジム・トンプソンアウトレットでお土産買い物ツアースタートで、ここからは妻と娘を放し飼いで息子と男二人は暇つぶし(汗)

Dsc01499_1024x683日の暮れはじめた夕刻より再びホテルを出、BTSサイアム乗換、サパーンタクシンより初トゥクトゥクでリバーシティーまで。本日のメイン、チャオプラヤクルーズ、グランドパール号乗船のためだ。

自身も初めての乗船につき、船着き場には多くのクルーズ船が停泊、チェックインの要領を得ないまま出発ギリギリ乗船(汗)

Dsc01533_1024x683デッキシートで夜風にあたりながら眺める、チャオプラヤ川沿いにライトアップされたエメラルド寺院、ワットアルン、ラマ橋は実に幻想的。 デッキ上ではインターナショナルビュッフェがふるまわれ、生バンド演奏に終盤はダンスパーティで最高潮を迎え異国ムードに家族でどっぷり浸った。

Dsc01543_1024x6832時間のクルーズを終え再び船がリバーシティーへたどり着くとサパーンタクシンまでのタクシーの奪い合いとなるため、いのいちで降船、ダッシュでタクシーをつかまえBTS乗換駅サイアムまで一気に帰りトンローまで帰還。

明日は早朝よりアユタヤ観光が待っていた。

 

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3/28-29 カンボジアの旅

転職以降、海外で頻繁に仕事するようになるにつれ、子供達に早く海外の空気に触れさせなければと思うようになった。将来メーカーのサラリーマンとして食っていくにせよ、どんな職につくにせよ、日本という小さな島国にしか視点がないやつはこれからの時代やってけない。言葉、食事に気候、子供には触れるもの全てが刺激的に違いない そう思うようになった。

春から娘は受験生、息子は中学生ということで家族旅行もラスト、今回そんな思いを実現すべく海外旅行決行。当初自身のタイ出張にあわせ家族を呼ぶつもりが、カンボジアアンコールワットにも行きたいという一声によりプランはふりだしに(汗)

○3月28日 00:30KIX-0420BKK/TG673 0800BKK-0900REP/PG903  

夜中の機中泊フライトで睡眠は十分とはいえないままシェムリアップ空港でJTB現地ツアコンと合流し早速アンコールトムへ。

Dsc01196_1024x68312世紀の後半に、ジャヤバルマン7世によって造営された仏教寺院などの建築群であり、「アンコール・トム(大王都)」の名が示すとおり、王宮を中心にしたひとつの都市。

チャンパ軍の度重なる侵攻で荒れた国土と人心をまとめなおすために、王は仏教をシンボルにした堅固な要塞を築こうと王朝文化が爛熟した時代で、アンコール遺跡群の技術の粋を見ることができるアンコールトム。

Dsc01210_1024x683一辺約3キロの環濠に囲まれた敷地に密集する遺跡、中でも名高いのがバイヨン寺院。中心には見上げるほど高い54の搭があり、四方に刻まれた観世音菩薩の巨大な顔はひとつひとつ微妙に異なり、「バイヨンの微笑/クメールの微笑」と呼ばれる神秘的な笑みを浮かべている。
第一回廊の浮き彫りは、神話を題材にしたアンコール・ワットとは異なり、貴族や庶民の暮らしを題材にとったものが多く見られ、チャンパ軍との戦い、行軍の風景、野菜や肉が並ぶ市場、闘鶏に興ずる人々、仲むつまじい夫婦の情景など、歴史的資料としても大変貴重なものがならぶ。

続いて世界中からの観光客でごった返すアンコールワットへ。

日本からの直行便のないカンボジア、日本人を見ることがないのもなかなかいい。(9月より直行便就航予定)

12世紀の前半に、30年の歳月をかけて造営されたビシュヌ神を祭るヒンズー教寺院で、創建者であるスーリヤバルマン2世の墳墓だったとされるアンコールワット。
建物は東西およそ1500メートル、南北およそ1300メートルの掘で囲まれそのスケールは軽く想像を超えるものだった。内部は外から中央に向かって第1回廊・第2回廊・第3回廊・そして中央祠堂と続き、中央祠堂を頂点にピラミッドのような形になっており、これは神々の住む須弥山(メール山)を表現したもので、中央祠堂が須弥山、回廊はヒマラヤ山脈。参拝者は天を仰ぎ見るように中央祠堂=神の世界に向かっていくこととなる。

回廊をびっしりと埋め尽くす浮き彫りも圧巻で、ヒンズー教の神話からとったものが多く、「ラーマヤーナ」「マハーバーラタ」、そしてビシュヌが大海をかき混ぜて世界を生み出した「乳海攪拌」、「天国と地獄」などが有名です。寺院各所にたたずむアプサラや女神たちの浮き彫りも見ごたえ十分。また、江戸初期の日本人・森本右近太夫が残した落書きも今も残されている。

Dsc01353_1024x683夕食はクメール文明の継承、アプサラダンスを間近に鑑賞しながらクメール料理ビュッフェ。タイの食事に近い香辛料、パクチー(香草)にやられ子供達からは早くも日本食が食べたいとのリクエストも(汗)

食事後はCITY RIVER HOTEL 近くのナイトマーケット散策予定が機中泊による睡眠不足から皆スイッチオフ、ホテルへ直帰、息子と一つベッドに倒れるように眠り込んだ。

○3月29日

AM5:20にはツアーバンに乗り込みホテルをチェックアウト。まだあたりは暗い中再びアンコールワットを目指す。ツアーバンには併走するように同じくトゥクトゥクでアンコールワットを目指す欧米人の姿多数。カンボジア一番のクライマックスともいえる日の出の風景を眺めるためだ。まだ夜も明けきらぬアンコールワットには多くの観光客が日の出目当てに詰めかけており、今か今かと日の出を待っている。建物は真西を向いているため、春分の日と秋分の日は、参道(王の道)から眺めると5つの尖塔の中央から日が上るという。

Dsc01379_1024x683徐々に白む空にはあいにく雲が垂れ込め、日の出を諦めかけたその時、6:15に朝日は力強く、そしてアンコールワットと一体となるかのごとく姿を現した。その景色は荘厳の一言。ここ数年間の自身の環境の変化を経て今ここに家族とアンコールの日の出を見ているという幸せになぜか涙腺が危うい・・・。

アンコールワットを後にしバンテアイ・スレイへ。

バンテアイ・スレイはこの旅中もっとも古い、967年にラージェンドラヴァルマン二世が建設を始めジャヤヴァルマン五世の時代に完成したヒンドゥー教寺院。実質上の建立は、摂政役の王師ヤジュニャヴァラーハが行ったとされ、バンテアイ・スレイとは「女の砦」を意味する。寺院は赤色砂岩とラテライトで築かれ規模は小さいものの赤褐色の非常に固い土が、精巧で美しい彫刻を成立させている。

Dsc01460_1024x683かつてベトナムと同じくフランス領だったカンボジア。昼食は‘アバカス’にてフレンチ、言わずもがなフランスパンが絶品でスイーツも文句なし。

暑さで失ったエネルギーをしっかりチャージし直しタ・プロームへ。

Dsc01442_683x1024この遺跡は樹木に覆われた発見当時の様子を残すために樹木の除去などの修復をしておらず、遺跡を侵食する樹木の迫力に思わず息をのむ。

その迫力、自然の生命力をまざまざと見せつけ、見るものをしばらくそこから離さない。

・・・のだが、カンボジアの気温は想像以上、このころには昼の最も暑い時間帯を迎え、気温は38℃、携帯したミネラルウォーターはすぐ空になり、子供の体力も底をつき始める。

続いてこの日最後の遺跡、タ・ケウ。

緑砂岩を使ったピラミッド型寺院で、周壁は東西122m、南北106mあり、特徴としては建造途中で放棄された為、彫刻等はほとんどされていない。
階段はかなり急で危険、かつ登る体力誰もなしで下から眺め退散(汗)

Dsc01472_1024x683ラストはクメール伝統織物研究所を訪問、カンボジアシルクの手織り作業を見学(同様にシルクの有名なタイだが、タイシルクよりもカンボジアシルクは高価とのこと)ののち、近くのマーケットでカンボジア土産を物色、シェムリアップ空港へ。

1930REP-2025BKK/PG908

いよいよホームグラウンド、タイ(笑)

と思いき、荷物受取を妻と子供に任せ両替に出たら再入場できず、しばらく家族とはぐれること約50分というハプニングつき(汗) 結局意を決して自らホテルへ向かおうとアライバルを出てきた家族と合流し事なきを得る。

タクシーでホテルへ向かいチェックイン、近くの日本料理屋で遅い夕食を済ませホテルへ戻り爆睡、二日目終了。

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チームアクアパッツァ 3月度例会

Img_0553_2日の出が早まり出港時間も30分繰り上げ、6時ジャスト。

朝焼けの中 男たちは今日も漁場へ。

この日は10:17満潮を迎える大潮、もちろん上潮勝負の時合い。

Img_0555_2メバルの棚あわせは実に奥が深く、周りが5連連発する中、親子にはかすりもしない。

やがて日が昇り潮の流れが出始めたその時、ついに息子に待望のアタリ、お目当てのメバルがガシラとのセットで上がってきた。

Img_0556_2その後潮の流れはどんどん早まりガシラのゴールデンタイムに突入、船上では誰もヒットがない中、シロウオ持参の親子だけがガシラを連発、12時納竿となった。

○メバル:2 ガシラ:28

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ヤショウのナカ カップ

Img_0552_2_2最近トライアスロンを始めたんですよ的、いわゆるにわかトライアスリートには参加が許可されない、県下で最も格式高いトライアスロン練習会、‘ヤショウのナカ カップ’に参加。

集合場所である駐車場にはトライアスロンの本格的なシーズンインを感じさせる光景が広がっていた。

世界戦を控えケイデンスメーターを反対にとりつけてるもの、TTヘルメット新調したのにスコットくんと同じものだと判明しうなだれるもの・・・

この日は気温7℃、フレックスからヤブちゃん、コショウのクニ、ノーリミからヤショウのナカ、おっさんの4名で寄島安倉折り返しの10kmランでまずは身体を温めてからバイクスタート。

南浦に差し掛かった時ふとスピードメーターが反応していないことに気付く。あれ!?

フロントホイールを左右逆に取り付けてました(どんだけ冬眠しとんねん)。

途中スズキさんとドッキング、30km/Hトレインで神島水道まで。神島大橋渡ったところでスズキさんを見送り後を追うようにいよいよ坂へ突入・・・

こんなにキツかったかなこの坂・・・迷わずフロントインナーへ・・・

入らずっ!(汗) 

アウターの坂超えでエネルギー一気に枯渇、嫌な空腹感に襲われながらみるみる低下していくAve.スピード・・・はいっハンガーノック!

寄島漁港まで戻るともう二つの坂を超えるエネルギーゼロで糸の切れた凧のようにフラフラ~

あまりのハンガーノックに視界には星も飛びはじめいよいよ末期症状、先発隊へのSOSが頭をよぎるがあまりにかっちょ悪いため自重(笑)

命からがら駐車場にたどり着き、缶ジュース一気飲み。

朝飯はちゃんと食べること、バイクの前にランをするなら水分補給をしっかりと、小銭は持ってくこと、神島なめるなよっ!

○ラン:10km バイク:43km

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ヤショウのナカ カップ

Img_04651矢掛商業高校を卒業後玉島へと移り住み、玉島のトライアスロン普及に尽力した伝説のトライアスリート、中山隆左衛門(通称ヤショウのナカ)が亡くなってこの日曜日で60年になる。

←在りし日のヤショウのナカ。

そんなヤショウのナカを顕彰しようと、孫の中山隆夫(通称マゴのナカ)が‘ヤショウのナカカップ’を開催するけえ皆こぞって参加せえの(笑)

○日時 3月20日(日) 

○場所 沙美西浜 7:30集合

             (ピィ~ピッピッピッピッ!はサァ~アッツッマッレッ!の合図)

             小さい前へ習え、のち体育座り

○競技 8:00スタート 

      バイク:神島40km程度

      ラン:西安倉折り返し10km程度

      スイム:3秒程度

○頑張ったで賞 

            タンラン(裏刺繍入り)とバナナボンタン(スリータック)

      のセットを進呈するけえの。

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6年生を送る会

Img_0532_26年生を送る会に朝から親子で参加。

早いもので娘のときから通算すると約10年にわたりかかわってきた子供会活動も今日で終わりである。

ロクに野球を知らないちびっこに根気強くノックし、捕球を教えた。

勝った試合には喜び、負けると涙も流した。

Img_0533今日は親子で野球を楽しんだ。息子は結局春からは地元の中学へ通うことになった。これまでもこれからもこの地元の友達と中学生活を送ることになる。

皆に楽しい中学生活が待っていることを祈りたい。

昼過ぎからは地元のビュッフェで会食が予定されていたがあまりの二日酔いにキャンセル(笑)

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球春到来

プロ野球オープン戦観戦に息子をつれマスカットスタジアムへ。

Img_0528_2勿論楽天の大型新人かずろん目当て(笑)

ヒットこそなかったものの鋭い当たりには大物の片りん、非常に将来性を感じる選手だった。

幸か不幸か先だって行われた木曜日のオープン戦で、一昨年ドラ1安楽の投球を受け小指を負傷、侍ジャパン召集を断り調整していた嶋も間近に見ることができたうえ、ソフトバンクとのオープン戦とあって内川に柳田とスターティングメンバーも超豪華。

Img_0522帰りの渋滞を気にし、9回の松井祐樹の登板を目にせず球場を後にしたのが唯一悔やまれた。

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