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3/28-29 カンボジアの旅

転職以降、海外で頻繁に仕事するようになるにつれ、子供達に早く海外の空気に触れさせなければと思うようになった。将来メーカーのサラリーマンとして食っていくにせよ、どんな職につくにせよ、日本という小さな島国にしか視点がないやつはこれからの時代やってけない。言葉、食事に気候、子供には触れるもの全てが刺激的に違いない そう思うようになった。

春から娘は受験生、息子は中学生ということで家族旅行もラスト、今回そんな思いを実現すべく海外旅行決行。当初自身のタイ出張にあわせ家族を呼ぶつもりが、カンボジアアンコールワットにも行きたいという一声によりプランはふりだしに(汗)

○3月28日 00:30KIX-0420BKK/TG673 0800BKK-0900REP/PG903  

夜中の機中泊フライトで睡眠は十分とはいえないままシェムリアップ空港でJTB現地ツアコンと合流し早速アンコールトムへ。

Dsc01196_1024x68312世紀の後半に、ジャヤバルマン7世によって造営された仏教寺院などの建築群であり、「アンコール・トム(大王都)」の名が示すとおり、王宮を中心にしたひとつの都市。

チャンパ軍の度重なる侵攻で荒れた国土と人心をまとめなおすために、王は仏教をシンボルにした堅固な要塞を築こうと王朝文化が爛熟した時代で、アンコール遺跡群の技術の粋を見ることができるアンコールトム。

Dsc01210_1024x683一辺約3キロの環濠に囲まれた敷地に密集する遺跡、中でも名高いのがバイヨン寺院。中心には見上げるほど高い54の搭があり、四方に刻まれた観世音菩薩の巨大な顔はひとつひとつ微妙に異なり、「バイヨンの微笑/クメールの微笑」と呼ばれる神秘的な笑みを浮かべている。
第一回廊の浮き彫りは、神話を題材にしたアンコール・ワットとは異なり、貴族や庶民の暮らしを題材にとったものが多く見られ、チャンパ軍との戦い、行軍の風景、野菜や肉が並ぶ市場、闘鶏に興ずる人々、仲むつまじい夫婦の情景など、歴史的資料としても大変貴重なものがならぶ。

続いて世界中からの観光客でごった返すアンコールワットへ。

日本からの直行便のないカンボジア、日本人を見ることがないのもなかなかいい。(9月より直行便就航予定)

12世紀の前半に、30年の歳月をかけて造営されたビシュヌ神を祭るヒンズー教寺院で、創建者であるスーリヤバルマン2世の墳墓だったとされるアンコールワット。
建物は東西およそ1500メートル、南北およそ1300メートルの掘で囲まれそのスケールは軽く想像を超えるものだった。内部は外から中央に向かって第1回廊・第2回廊・第3回廊・そして中央祠堂と続き、中央祠堂を頂点にピラミッドのような形になっており、これは神々の住む須弥山(メール山)を表現したもので、中央祠堂が須弥山、回廊はヒマラヤ山脈。参拝者は天を仰ぎ見るように中央祠堂=神の世界に向かっていくこととなる。

回廊をびっしりと埋め尽くす浮き彫りも圧巻で、ヒンズー教の神話からとったものが多く、「ラーマヤーナ」「マハーバーラタ」、そしてビシュヌが大海をかき混ぜて世界を生み出した「乳海攪拌」、「天国と地獄」などが有名です。寺院各所にたたずむアプサラや女神たちの浮き彫りも見ごたえ十分。また、江戸初期の日本人・森本右近太夫が残した落書きも今も残されている。

Dsc01353_1024x683夕食はクメール文明の継承、アプサラダンスを間近に鑑賞しながらクメール料理ビュッフェ。タイの食事に近い香辛料、パクチー(香草)にやられ子供達からは早くも日本食が食べたいとのリクエストも(汗)

食事後はCITY RIVER HOTEL 近くのナイトマーケット散策予定が機中泊による睡眠不足から皆スイッチオフ、ホテルへ直帰、息子と一つベッドに倒れるように眠り込んだ。

○3月29日

AM5:20にはツアーバンに乗り込みホテルをチェックアウト。まだあたりは暗い中再びアンコールワットを目指す。ツアーバンには併走するように同じくトゥクトゥクでアンコールワットを目指す欧米人の姿多数。カンボジア一番のクライマックスともいえる日の出の風景を眺めるためだ。まだ夜も明けきらぬアンコールワットには多くの観光客が日の出目当てに詰めかけており、今か今かと日の出を待っている。建物は真西を向いているため、春分の日と秋分の日は、参道(王の道)から眺めると5つの尖塔の中央から日が上るという。

Dsc01379_1024x683徐々に白む空にはあいにく雲が垂れ込め、日の出を諦めかけたその時、6:15に朝日は力強く、そしてアンコールワットと一体となるかのごとく姿を現した。その景色は荘厳の一言。ここ数年間の自身の環境の変化を経て今ここに家族とアンコールの日の出を見ているという幸せになぜか涙腺が危うい・・・。

アンコールワットを後にしバンテアイ・スレイへ。

バンテアイ・スレイはこの旅中もっとも古い、967年にラージェンドラヴァルマン二世が建設を始めジャヤヴァルマン五世の時代に完成したヒンドゥー教寺院。実質上の建立は、摂政役の王師ヤジュニャヴァラーハが行ったとされ、バンテアイ・スレイとは「女の砦」を意味する。寺院は赤色砂岩とラテライトで築かれ規模は小さいものの赤褐色の非常に固い土が、精巧で美しい彫刻を成立させている。

Dsc01460_1024x683かつてベトナムと同じくフランス領だったカンボジア。昼食は‘アバカス’にてフレンチ、言わずもがなフランスパンが絶品でスイーツも文句なし。

暑さで失ったエネルギーをしっかりチャージし直しタ・プロームへ。

Dsc01442_683x1024この遺跡は樹木に覆われた発見当時の様子を残すために樹木の除去などの修復をしておらず、遺跡を侵食する樹木の迫力に思わず息をのむ。

その迫力、自然の生命力をまざまざと見せつけ、見るものをしばらくそこから離さない。

・・・のだが、カンボジアの気温は想像以上、このころには昼の最も暑い時間帯を迎え、気温は38℃、携帯したミネラルウォーターはすぐ空になり、子供の体力も底をつき始める。

続いてこの日最後の遺跡、タ・ケウ。

緑砂岩を使ったピラミッド型寺院で、周壁は東西122m、南北106mあり、特徴としては建造途中で放棄された為、彫刻等はほとんどされていない。
階段はかなり急で危険、かつ登る体力誰もなしで下から眺め退散(汗)

Dsc01472_1024x683ラストはクメール伝統織物研究所を訪問、カンボジアシルクの手織り作業を見学(同様にシルクの有名なタイだが、タイシルクよりもカンボジアシルクは高価とのこと)ののち、近くのマーケットでカンボジア土産を物色、シェムリアップ空港へ。

1930REP-2025BKK/PG908

いよいよホームグラウンド、タイ(笑)

と思いき、荷物受取を妻と子供に任せ両替に出たら再入場できず、しばらく家族とはぐれること約50分というハプニングつき(汗) 結局意を決して自らホテルへ向かおうとアライバルを出てきた家族と合流し事なきを得る。

タクシーでホテルへ向かいチェックイン、近くの日本料理屋で遅い夕食を済ませホテルへ戻り爆睡、二日目終了。

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