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世界遺産アユタヤ

昨夜は国王の86歳の誕生日を祝う花火がホテル周辺あちこちで打ちあがりバンコクは祝賀ムードに包まれた。

今朝は少し早起きしてバンコク郊外北へ80kmのところにあるアユタヤ遺跡群へ足をのばしてみた。

Img_6166_2アソークで地下鉄(スクービット)に乗り換え終点ファランポーン駅へ。8:20発の急行へ乗り込みアユタヤ駅9:47着。

1351年にウートン王によって建都されてから、1767年にビルマ軍の攻撃で破壊されるまでの417年間、アユタヤ王朝の都としてタイの中心であり続けた都市。チャオプラヤー川とその支流に囲まれた地形は水運に恵まれ、17世紀はじめにはヨーロッパと東アジアを結ぶ国際貿易都市として繁栄したという。その都市計画や中央集権制度、国際貿易振興といった近代国家の基盤は、その後のバンコク王朝にも受け継がれており、苔むした仏塔のチェディ、大草原に悠然と横たわる涅槃像、素晴らしい建築美を誇る歴代王の離宮、かつて栄華を極めた古都の壮大な歴史が眠る遺跡の街・アユタヤ。現代にその当時の姿をつたえる荘厳な遺跡群は歴史公園として整備され、1991年にユネスコ世界遺産にも登録された。

Img_6204_2ワット・マハタート。

アユタヤきっての見所と称されるこの寺院は、ビルマに略奪された悲しい過去を物語る寺院としても知られおり、激しい戦いの中で破壊され、仏頭はビルマが勝利の記念品として自国に持ち帰り、無数にある仏像の中で、頭のある仏像はたった2体だけ。

体だけ・足だけが取り残された仏像の姿はただただ物悲しさに満ちている。                     

Img_6192_2城壁をよじ登るように生成した巨大な菩提樹と、その木の幹に埋もれて微笑をたたえる仏頭。アユタヤの栄華とビルマの攻撃による王朝崩壊を偲び涙を流しているようにも見える。

アユタヤの旅は悲しみの旅。日本人は誰もいない。そんな地を一人で訪れタイの悲しい歴史に触れる、最高の旅だった。Img_6208_2

日本は強烈寒波に襲われているらしいが、ここアユタヤは34℃。遺跡群を照り付ける強烈な太陽の光は朽ち果てたレンガを真っ赤に昇華させ、雲一つない青空とのコントラストをより鮮明にしていた。

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