卒業式

リョウタロウの卒業式へ。

校長、来賓、PTA会長の送辞、やはりどれも西日本豪雨による隣町真備町の被災の話が盛り込まれていた。生徒らは自分たちにも何かできないかと自主的に募金を募ったり、吹奏楽の発表会に体育館を提供したりしたとのこと。

大変な年を過ごしたからこそ手に入れた気持ちや優しさがあるはず。

卒業生が唄った式歌「正解」という唄は生徒が自主的に選択し練習したという。

Img_0006唄には 学校で教えてくれない正解 を求める歌詞がつづられている。

正解のない、どうしようもなく苦しい、そんな局面がこれから待ち受けるかもしれないがきっと乗り越えられる。

すばらしい恩師、仲間に囲まれ過ごした3年、おめでとう。

オヤジは式へ出てから出張のため埼玉へ移動・・・ふぅ~

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正解

この先に出会うどんな友とも 分かち合えない秘密を共にした
それなのにたったひと言の 「ごめんね」だけ やけに遠くて言えなかったり

明日も会うのになぜか僕らは 眠い眼こすり 夜通しバカ話
明くる日 案の定 机並べて居眠りして 怒られてるのに笑えてきて

理屈に合わないことを どれだけやれるかが青春だとでも
どこかで僕ら思っていたのかな

あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか
僕たちが知りたかったのは いつも正解などまだ銀河にもない

一番大切な君と 仲直りの仕方
大好きなあの子の 心の振り向かせ方
なに一つ見えない 僕らの未来だから
答えがすでにある 問いなんかに用などはない

これまで出逢ったどんな友とも 違う君に見つけてもらった
自分をはじめて好きになれたの 分かるはずない 君に分かるはずもないでしょう

並んで歩けど どこかで追い続けていた 君の背中
明日からは もうそこにはない

あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか
僕たちが知りたかったのは いつも正解など大人も知らない

喜びが溢れて止まらない 夜の眠り方
悔しさで滲んだ 心の傷の治し方
傷ついた友の 励まし方

あなたとはじめて怒鳴り合った日 あとで聞いたよ 君は笑っていたと
想いの伝え方がわからない 僕の心 君は無理矢理こじ開けたの

あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ だけど明日からは
僕だけの正解をいざ 探しにゆくんだ また逢う日まで

次の空欄に当てはまる言葉を
書き入れなさい ここでの最後の問い

「君のいない 明日からの日々を
僕は/私は きっと 」

制限時間は あなたのこれからの人生
解答用紙は あなたのこれからの人生
答え合わせの 時に私はもういない
だから 採点基準は あなたのこれからの人生

「よーい、はじめ」

Radwimps 野田洋次郎

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厳じぃマラソン

Img_2506バカ丸出し(苦笑)

photo by S新聞敏腕記者

会社走友会できびじマラソン10kmの部に参加、恥ずかしながら初きびじ(笑)

昨年末のリレーマラソンでさすがにやばい(何が?)と感じ、直後に実に6年ぶりに地元のスポーツクラブに会員復帰、以降ほぼ毎日ジムで大汗をかきまくる日々・・・

冷たくて寝付けなかった足裏が布団から出さないと眠れないほどポカポカになったり、ベルトの穴がひとつまたひとつと動いていき、何より毎晩の酒、メシがうめえこと(笑)

汗をかく気持ちよさを忘れてました(笑)

かくして2.5か月を過ごしほんの少しシェイプアップして臨んだマラソン大会は・・・

毎度の凡タイムながら気持ちよく完走、それなりに数キロの荷物おろして走った効果は感じられよかったよかった(何が?)

グロス54’33

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成人

Img_0395娘が帰省してきたと思ったら金髪に(汗)

まあ学生時代にしかできないことなんで文句は言わないが・・・。

題して荒れる成人式?

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12/30-31 京都の旅

例年妻の父・母慰労を兼ねて計画されるカニツアー、娘の浪人生活があったり皆の都合があわなかったりと実に2011年末以来7年ぶりの家族そろっての旅となった。

Img_0373前日までに冬タイヤ装着のワンボックスレンタカーを手配し6:30玉島を出発、9:30には京都祇園河原町に到着、まずは京都の台所、錦市場で麩饅頭など調達しながら商店街の端っこ錦天満宮にて息子の合格祈願を。ウソかホントか学問の神様菅原道真の生家に創建された天満宮とあって御利益バッチリ、これで合格いただき?

小雪がちらつく師走の祇園を散策・・・

‘はれま’さんでちりめん山椒、‘山本重本店’さんで漬物、‘辻利’さんで京バImg_0374アム、・・・一通り流して昼食は‘喜はる’さんでおばんざいランチを。

新鮮なお刺身に揚げたて天ぷらなどのおばんざい10種盛りに炊き立てごはん、御馳走様でした。

昼過ぎ祇園繁華街を後にし京都縦貫道で北上、途中伊根の舟屋群を高台から見学してから日本海沿いの断崖絶壁では野生の猿と鹿にこんにちわ。

徐々に積雪も増える中、日の暮れる17時過ぎに宿に到着。

Img_0386まだ子供が小学生低学年だったころに見つけ通うようになったこの宿、温泉とカニ料理とのバランスがすばらしく、すっかり定宿に。今年も何も言うことなしの安定感。

明けて大晦日。

城崎を経由しこれまた毎年の恒例ルート、出石で皿そば、昨年入った輝山さんにて白と黒を。

その後は城崎、和田山海鮮せんべい但馬で海産物のお土産調達し夕刻には無事自宅へ。

紅白でのユーミンとサザンのパフォーマンスは録画で何度見返しても楽しめるものだったが、てっきり眉山からと思っていたヨネヅゲンシの中継はなんと夏に初めて訪れ感激したばかりの大塚美術館だったことになんだか得したような、来年がよい年になりそうな、そんなおまけ感満載の年の暮となった。

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55位

Img_0361会社走友会で倉敷りれまらに参加。

男性6名プラス女性2名で1周ずつタスキをつなぎ4時間で何周できるか。

2巡目から女性は早々にパスが入り、男性6名での怒涛のインターバルに突入・・・

約40分おきに1.5km全力疾走のインターバルを続け4時間が迫ったころ、当初のチーム目標27周(42.195km)を無事突破し、とび賞狙いの景品目当てに作戦移行。

携帯で順位をリアルタイム確認しながら無事55位、商品券ゲットし大盛り上がり。

55位/140チーム

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1982

Img_0242会社先輩と紅葉の石鎚へ。

この先輩、大学の先輩でもあり、奥様は研究室の大先輩でもある。定年退職後再雇用で仕事を続けられ、ここ数年で地元ハイキングクラブへ入り登山に目覚めた。かねてより西日本最高峰、石鎚天狗岳(1982m)にあこがれ、今回要請を受けご案内することに。

互いの仕事の都合に天気予報、なかなかドンピシャとはいかず、天狗の紅葉ピークを2週間ほど過ぎた本日ついに決行、もち仕事は互いにサボって。

早朝5時、早島のパチンコ駐車場で落ち合い、早島より瀬戸大橋経由いよ西条ICより石鎚へ。最初のアタックということでオーソドックスに成就社ルートを選択。

8:20のロープウェーに乗り一気に標高を上げるとスタートとなる成就にはもう紅葉が降りてきていた。ブナにカエデ、みんなが仕事していると考えるとなおさら贅沢が身に染みる(笑)

歩を進めるうち互いのポケットに入った会社携帯には次々着信音・・・もちろん互いに無視(笑)

ルートの中間点に位置する夜明かしで一気に視界は開け、正面に鎮座する荒々しい天狗岳に思わず息をのむ先輩。

Img_0265土小屋ルートとの合流からいよいよ鎖場へ突入、滑落する先輩をキャッチできるよう先輩を先行させる。 高所恐怖症だという先輩は足がプルプル震えている(笑)

二の鎖をクリアし要領を得たのか三の鎖上り場へと突き進む先輩、なんと三の鎖も上るというイレギュラーな展開にこちらも少々冷や汗・・・。

自身も初のアタックとなる三の鎖はなかなかの強敵、すでに早朝は2-3℃まで気温の下がる鎖場の鎖は長く持っているだけで手がかじかむ冷たさ。

それでもなんとか鎖をクリアするとついにご褒美の弥山到達。

腰を下ろし絶景をおかずに弁当に舌鼓、そうメインイベント天狗へのアタックを控えていた。

Img_0289腹ごしらえを終え、ツアー客でごったがえす前に天狗へのアタック開始。

後ろで先輩がもう勘弁してくれと泣いている(笑)

ここで引き返すためにハァハァ頑張ってきたわけじゃないだろ?ジジイ(笑)

11:30ついに天狗を制覇。

Img_0303先輩は感動のあまり鼻水を流している(笑)

結局‘おのぼり’は3時間、‘おくだり’は2時間と予定通りの山行となり無事下山。

ロープウェー乗り場の温泉は土日営業とのことでフラれてしまい、途中武丈の湯で汗を流し帰路へ。

汗を流しさっぱりした先輩がなぜか頂上で平らげたはずの弁当を車内で広げ、おにぎりをほおばり始めた。

わし実は緊張しすぎて頂上でメシが喉通らんかったんよ・・・。

  :

どんだけ緊張しとんなら(笑)

先輩大満足の旅 完結。

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LAX

O2048136514265290054何を思ったか春から大学でラクロスなるスポーツを、しかもサークルではなく部活ではじめた娘。

香川三豊の運動公園で日程延期となっていた中四国サマーリーグ新人戦が行われるというので妻と初めてラクロス観戦に。

何やら虫採り網のようなものでゴムボールをキャッチボールしている集団の中に娘を発見(笑)

サッカーのようなハンドボールのような野球のような・・・? なんとも不思議なスポーツながら当たりはそれなりに激しく格闘技のような側面も。

とにかく虫採り網でボールとったら相手ゴールまでダッシュ。

結果中四国リーグ優勝(笑)

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3か月

西日本豪雨から3か月、地元で愛されてきたお店の店舗再開がではじめた。

Img_2487_2うどんかわはら

ぶっかけうどんが絶品です。開店日にはお客さんが外まで大行列、レジで会計するお客さんは皆 この日を待ってたで! おおきに!! こんな声が。

Img_2489うどんさるや

3世代に渡り申年の家系が営む地元のうどんやさん。自宅まで被災したが自宅前でテント営業を再開、男の子のお店前での旗振り姿に思わず感動。

Img_2490ぱんぽると

お付き合いのある玉島のパン屋さんでご主人が夜通し作ったパンを真備のプレハブで奥様が販売。

復旧作業にあたる日のお昼はこの3店舗ローテーションで(がんばれ真備)

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2か月半

西日本豪雨から2か月半が経過した。よくここまできたなという思いもあれば2か月半でたったこれだけかとの思いもある。

Img_2408火事場泥棒がでるから貴重品だけでもとりに行きたいというフルおっさんについて真備に入ったのは7月8日だっただろうか。いつもなら15分もあれば行ける真備、穂井田線が通行止めのため倉敷から新本を迂回し南下、中本屋工務店前からみた、変わり果てた真備の景色は今でも忘れられない。瓦礫がプカプカ浮いた泥水はとてもウェットスーツを着ても泳げる状況ではなかった。

水が引き復旧作業を始めたのはそれから1週間ほど経った頃だっただろうか。40℃を超える日もある炎天下の中、ひたすら家の中のものを搬出、泥を掻き出す。みっちり水を吸った数十枚に及ぶ畳と布団の重さ、やってもやっても終わらない土色の景色の中での作業、やがて両手はパンパンに腫れて泥にかぶれたのか両手のひらには湿疹まで。

Img_2397そんな中、フルおっさんの書いた「 家族 絶対 守る 」との記事は強く自分の心を打つものだった。記事には一家の主としての責任や真備という土地で生きていく上で先祖から語り継がれた大事なものが記されていた。家が浸水したわけでもなんでもなく平々凡々と当たり前の生活を営んでいる自分、当たり前の生活がいかに幸せかとの気持ちを芽生えさせてくれる記事だった。

やがて記事は今自分ができることを全力でやらなければとの思いにかえた。

真備にはグ~太郎、タラ子夫妻が住んでいることを思い出したが住所もわからず手も足も出ない・・・。すぐさまきんたくんへと電話、やはりグ~太郎邸も1Fが浸水していることを知った。同時に復旧作業へ行きたくてもそれを許さない環境にきんたくんがいることを初めて知り、自分が‘やらなければ’との思いはゆるぎないものに。

ナビを頼りに自宅にころがっていた猫車を載せグ~太郎邸へと車を走らせた。そこには豪雨前皆生でお会いした時と同じ、元気な夫妻の顔、思わず涙がこぼれる。グ~太郎邸から軽トラで瓦礫の搬出開始、災害ごみの受け入れ場へと通る下原地区は工場爆発により家という家の窓ガラスが割れスレート屋根は吹き飛んでおり、軽トラもパンクに見舞われた。

フェイスブックに今日の両邸の状況、明日やりたい作業、欲しいもの、を書き込めば、必ず仲間はそれにこたえてくれた。人の気配の消えた家から高圧洗浄機を盗む輩がいると聞く中、仕事を休み、家主のいないフルおっさん邸を勝手に高圧洗浄して帰る輩まで出没(笑) やがて支援の輪は愛知県在住のウルトラランナー、釜石在住のトライアスリートにまで広がっていった。

正直復旧作業をしていても、もう一度住めるという確信が持てなかったフルおっさん邸に‘もう一度住めるかも?’との気持ちを芽生えさせたのは仲間との断熱材の搬出を終えた頃からだった。やがて外壁も高圧洗浄により浸水前の姿となった。丸裸になった家の骨組みはこれからも家族を守ると胸を張っているようにさえ見えた。

9月に入ると営業を再開する飲食店が出始める一方、廃墟と化した家々の解体が始まった。人気のない家並み、草の生い茂った田んぼが広がる視界の中でまた一軒、また一軒と家が姿を消していった。家屋のグシャッとつぶされる音を遠くに聞きながら炎天下行う復旧作業は自分がどうあるべきか、大切なものとそうでないものをかぎわける臭覚を鋭くしていったような気がする。

落ち着いたら真備で打ち上げをしましょう。

グ~太郎・タラ子夫妻と約束していたバーベキューをフルおっさん邸で開催した。

これからもここで生きていくという宣言のため場所は真備と決めていた。バーベキューには一緒に汗を流した仲間、遠くゴールドコーストから勇気を届けてくれたアスリートも駆けつけてくれ、不謹慎と言われようと大騒ぎ。

Img_2482これがノーリミッツ流。

小田川の泥水は家にあったものを根こそぎ流していったが仲間達の熱い思いが流されることは決してない。

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