の~しん
そもそもは両親の農作業場(桃梨選果直売所兼資材倉庫)を改築して住まいとしている現在の住まい、子供の成長に伴い手狭となり昨年よりマイホーム計画を進めていた。ごくごく普通に住宅展示場巡りから入って住宅メーカーのその急かされる営業スタイルに怒りを覚え(笑)、工務店へと進路変更し順調に進むかに思われたマイホーム計画だったが、工務店からの具体的プランを拝見するステージへと進んだところで思わぬ通告を受けることになる・・・。
農地法が昨年あたりに改正され(公式ではない)農振除外が厳しく、ご予定の土地へとマイホームを建てることはまず難しいと思われます・・・。
まじぃ???
予定地が‘農振’すなわち農業振興地域 であることは認識していたものの、その後の調査でそもそも今の住まいも20数年も前に父ちゃんが百姓連中の協力を得てウリャウリャッと農振除外を申請せず建てたものであることが判明し、マイホーム計画は一気にとん挫してしまうことに・・・。
忙しい日々に流されるまま新しい年を迎え、そんな状況の中なんとか事態の打開を図ろうと心機一転、今日は仕事を定時退社し妻と地元の同級生Y司法書士事務所へと向かった。 恥ずかしながら司法書士がどんな仕事を扱っているのかさえ知らずの訪問だったが結果的には行って大正解だったというか光が少し見えたというか。
まず初回打ち合わせにつき土地家屋調査士であるO先生にも同席いただきこちらの状況を説明、O先生とY司法書士との3者間で役所へ農振除外を申請するストーリーを練り上げていく。
ストーリーはとりあえず2(3)パターン。
1.以前のPホームの家屋調査書によると役所へ足を運んだ形跡もみてとれる上、現在住んでいる建物(問題物件)についてはノーマークで予定地への建設は問題なし的記述がなされているため、そのストーリー(あくまで予定地のみの農振除外)のままいける可能性を探る。
2.現住まいについて正式農振除外(沿道サービス)を行った後、分筆登記したうえ、予定地の農振除外を行う。この場合は現在の建物について最低限の改修(土地調査、下水)を伴うほか2ステップとなるため申請費用、期間ともに2倍となる。現住まいの農振除外については建築から20年以上経過しある意味‘時効’を迎えており役所はむしろ歓迎の意向のはず。
3.現住まいをさら地に戻した上、計画地の農振除外、マイホーム計画を進める。この場合は両親の農作業に支障が発生することに。
今回Y司法書士が打ち合わせをセットしてくれたO土地家屋調査士は先代が役所勤めをされていた関係から上記ストーリーを基にした役所との下調整を柔軟に進めることのできる人物のようで、O先生と役所の下調整の後、Y氏からも役所に念押ししてくれるということに。一方のY司法書士はYが同級生である他事務所アシスタントの女性もこれまた同級生ということで訪問前からこちらの事情を察して打合せにも今後の扱いにも随所に心遣いを頂きなんともありがたかった。そんなこんなで今回の打ち合わせからタイムスケジュールを総括すると具体的な着工までに約2年を要する見込みらしかったが、そもそも自分の土地に自分の家が建てれんなんておかしいやろっ!という強い思いを胸に長期戦をともに戦ってくれる心強いサポーターを得た。
Yの仕事のキレはすばらしいとかねてからこれまた地元同級生O(ヒヨコ)からきいていたものの、実際に会って話すとマイホーム建築にあたり単に農振除外に留まらない様々なアドバイスが貰え、彼の引出の数は無限でその必殺仕事人っぷりは変幻自在に思えた(意味不明)
打ち合わせ後も立ち話で色々な話を。扱う物件は企業のM&Aから今回のような農振除外、はたまた遺産相続や資産運用、離婚問題まで。年次変わっていく法律を土日のセミナーでウォッチしながらお客への最適サービスを提供しているという。
自らのマイホーム計画に光が差しこんだことよりも地元に根を張り地域住民の困り事をちゃきちゃき片づけていく同級生の頑張りのほうがなんとも嬉しかったし刺激を受けた。
ということで my home project は今後備忘録として、おそらく長期にわたって進展を記していくものなので一切おもしろくないブログになります。あしからず(笑)






帰りは距離を稼がなきゃとあちこち寄り道し、年始初めてのぱんご~のへ突撃!












最近のコメント